→English
成和御流 トップページへ
 →成和御流 トップページ
 
成和御流へようこそ
 
花型
 
●いけばなのルーツ
 
催しのご案内
 
催しのお知らせとご報告
 
ギャラリー
 
教室のご案内
 
体験教室のご案内
 
お問い合わせ
 
 
 
 
成和御流
〒811-0111
福岡県糟屋郡新宮町
三代829-1
TEL・FAX
092-963-3857
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
 いけばなのルーツ

人類が花に美意識を持ったのはいつ?
現在のところ3万年以上前のネアンデールタール人を起源、とされています。イラク北部の男性遺体の周囲から大量の花粉が検出され、彼らが死者に花を手向けたことが、推察されます。



花を飾る習慣はいつ頃生まれたの?
人と花とのかかわりは、人間が文明を持ち始めた頃からです。
例えば、古代エジプトでは、壁画や彫刻から、紀元前にパピルスやロータスの花を神にささげていたと推測されます。又インドでは、インド文明の発祥の地、ガンジス川周辺の人々は、お祝い事や仏事には必ずハスの花を使っていました。
このハスが、仏教と共に日本に伝来し、お葬式など私達の生活に密接にかかわっています。この他、ギリシャで始まったオリンピックでは、コガシワの枝で、勝者の頭上を飾りました




花の造形の起源
花の造形の起源を追いかけてみると、日本でも西欧でも、樹木信仰があります。
西欧では、ギリシャの神々のそれぞれの属性を示す樹木の枝が定められ、神殿における神のフェスタ(祭り)に集まる人々は、その神をたたえる一つの印として、特定の木の枝を持って集まったと言われていますが、比較的早い段階で、樹木信仰から離れ、花を中心とした室内装飾となり、ローマからルネッサンスにかけての時代に、木の枝が用いられない、花の造形になっていきました。


一方、日本では古くから、神が、樹木をはじめ自然そのものに宿るという信仰がありました。(依代信仰)祭り等、神を迎える時には、神の宿るところ(依代)として樹木(常緑樹)を使いました。今でも、神社や神棚のお供えを始め、新築等の地鎮祭では、榊を立てます。又、お正月に年神を招く松を門松として立てたり、能舞台の背景に依代としての松が描かれていますが、この松に降りてきた神に向かって能は演じられるのです。どれも古代信仰の名残です。このように日本人は樹木や花を、単に美的鑑賞の対象だけでなく、極めて霊性の高いものとし、芸術の域まで高めていったと言えます。




いけばなのルーツ
いけばなのルーツは、四季折々の自然に恵まれた我が国の古代の人々が、草木に深い親しみを持つことによって、生まれました。
そしてさらに、6世紀になると大陸から仏教の文化が伝来し、日本人の暮らしの中に「供花」という習慣をもたらしました。それまで、お祭りのとき等に神が宿る場所として、立てていた樹木を、仏に花を供える(供花)為に、毎日、行うようになりました。こうして花を飾る習慣が、日本人の暮らしの中に溶け込んでいきました。
一方、神や仏と関係しないところで、単に美しい花を飾ったという記述がはじめて歴史の中に登場するのは、905年、枕草子の中に、「青き瓶の大なるを据えて、桜のいみじく美しき枝・・・」という記述があります。今から、およそ1100年前のことです。
このように以上三つの大きな根源が混ざり合い、溶け合って、いけばなが誕生し、その時代の
背景によって変遷し、現在の芸術としてのいけばなが培われていったといえるのです。





   
   
   
   
   
 
↑このページの先頭へ
   
  →個人情報と著作権について

 
 
   
   
   
   Copyright 2009.2  Seiwagoryu All right reserved.